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Who is HIROAKI MORI? / Part I

こんにちは。映像ディレクターの森博章です。

今回2回目のブログでは、私の自己紹介をします。


私の名前は森 博章(もり ひろあき)です。1989年7月3日生まれで、現在29歳です。

平成元年生まれなので、まさに平成と共に人生を歩んできました。


今回は、10歳までの自分を語ります。



1989年(0歳)


母親の実家がある福岡県柳川市で生まれました。森家では2番目の子供ですが、1番目は姉なので初めての男の子です。

特に、母親の兄弟が2人姉妹だったので、母方の祖父(母親の父)は私の誕生をとても喜んだそうです。しかし、その祖父は私の成長を見ることなく約3ヶ月後に亡くなりました。


私は母方の祖父の記憶は全くなく、遺影など写真でしか見たことがありません。でも、毎年のようにお盆などで祖父のお参りをして、そこで話しかけているので、なんとなく祖父の存在が現実にあるかのように思えています。

いつもどこかで見守ってくれているんじゃないか、自分に運をもたらしてくれているんじゃないかと、いつも思っています。



1990年(1歳)


父親の仕事の都合で長崎県長崎市に住んでいました。福岡に戻ってからも度々長崎に行く機会があったことから、いつしか長崎は第二の故郷のような存在になっていきました。



1991-1993年(2-4歳)


幼少期はいわゆるワルガキでした。とにかく外で遊ぶのが好きで、怒られた罰として外に出されても、怒られたことは何処吹く風。気づけば近くの遊具で遊ぶほどだったそうです。また、好奇心が強くて無茶をするのが好きで、怪我したり、壊したり。親からすると、いつ悪さをするか分からないのでいつでも目を光らせないといけない存在だったようです。


好奇心の強さは外遊びだけでなく、屋内での遊びの原動力でもありました。図鑑や絵本の世界が好きで、恐竜、宇宙、鉱石、車、動植物、昆虫、ロボット、特撮ヒーローなどに夢中でした。読書やテレビに熱中し、博物館や科学館に行き、おもちゃで遊ぶことが特に好きでした。絵を描くことや段ボール工作、粘土なども好きで、自身の好きな世界をつくって遊んでいました。



1994-1995年(5-6歳)


現在の実家に引っ越して、初めての戸建て生活になりました。自分の部屋があることをとても喜んでいたそうです。


幼稚園がカトリックで教会もあったため、キリストの教えを子供ながらに学びました。定期的な礼拝や、キリスト誕生の物語をお遊戯会でやったこと、クリスマスなどの体験は特別でした。また、その幼稚園の方針は、規則こそ厳しいものの、子供たちに好きなことを自由にやらせてくれる環境だったので、ワルガキ体質はうまく矯正され、図鑑や絵本の世界への興味や、お絵かきや工作や粘土での表現をより豊かに育ててくれました。


この頃夢中になったものが、「五星戦隊ダイレンジャー」「忍者戦隊カクレンジャー」「超力戦隊オーレンジャー」「特捜ロボ ジャンパーソン」「ゴジラvsメカゴジラ」「ゴジラvsスペースゴジラ」「ゴジラvsデストロイヤー」そして過去のゴジラ作品とディズニー作品です。



1996年(7歳)


小学校に入学しました。公立ではなく、教育大学附属の小学校でした。机の上での勉強が滅法嫌いな性格だったんですが、受験直前になって急に行きたいと言い、短期間の受験勉強で見事合格しました。


学校は教育大学の研究の実践の場でもあるため、教科書に沿った学習というよりは、実験的な指導法も含め、面白い授業がたくさんありました。そのため、机の上の受け身の授業よりも、多目的ホールやグラウンド、学校外に出て体験しながら自発的に学ぶような授業が多かったので、そのような教育方針や授業スタイルもまた、自身の自由な発想や表現をより豊かにしてくれました。

 

久留米は医者の街ということもあり、同級生は医者を目指す人や親の病院を継ぐ予定の人がたくさんいました。勉強熱心で、裕福で、自分の意思をはっきり伝える同級生たちに囲まれて成長していきました。イベントや流行に敏感で、保護者の協力のもとで、例えば誕生日会を定期的に開いたり、大きい規模の公園に遊びに出かけたり、最新のおもちゃやコンテンツで遊んだりしていました。


この頃夢中になったものが、ミニ四駆(「爆走兄弟爆走兄弟レッツ&ゴー!!」)、コロコロコミック、ポケットモンスター、ゲームボーイポケット、ニンテンドー64です。


また、物心ついて初めてディズニーランドに行きました(幼少期に抱っこされて行ったことがあるそうです)。事実上初めてのディズニーランドは、大変素晴らしい体験でした。

ミッキーなどのキャラクターだけでなく、映像や絵本や音で感じてきたディズニー作品の世界が目の前に広がっていて、そして、西部開拓時代や恐竜時代、宇宙や近未来、魔法などの様々な世界が体験できることは、本当に最高のひと時でした。カリブの海賊のコスチュームを買ってもらい、海賊になりきって園内を廻っていました。



1997年(8歳)


自身の人生にとって1つのターニングポイントが訪れます。

当時、福岡県北九州市にあった、スペース・ワールドという宇宙をコンセプトにしたテーマパークへ、家族に連れて行ってもらいました。スペースシャトルの模型や宇宙食、無重力体験などとても魅力的だったのですが、ある展示に1番の衝撃を受けました。

それは「スター・ウォーズ展」でした。

 

当時「特別篇」というかたちで最新のCGIや追加シーンを含めた「スター・ウォーズ」旧三部作(エピソード4-6)が公開された時期で、展示では劇中に使ったプロップや美術、関連グッズなど巨大規模で特集されていました。前知識など何もなかった私は、入るや早々、その光景にとてつもなく魅了されました。圧倒的な存在感を放つダース・ベイダーの実寸大の衣装、おぞましい造形のハン・ソロのカーボナイト、奇抜でカッコいいX-ウイングの実寸大の模型などなど。

自分が知る宇宙の何万倍も何億倍もぶっ飛んだ宇宙世界がそこにはありました。

そこからシリーズ3作品を観て(当時はまだエピソード4-6の3部作でした)、次第にスター・ウォーズの世界観に夢中になっていきました。



1998-1999年(9-10歳)


小学校時代は自身の興味がさらに広がっていく時期でもありました。

同世代のみんなと同じようにハイパーヨーヨー、デジタルモンスター、AirMAX97、Baby-G、ルアーフィッシング(「グランダー武蔵」)、ビーダマン、ゼルダの伝説、ゲームボーイカラー、遊戯王、ポケットモンスター 金・銀など、流行のものに夢中になりました。


また、1999年には「スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」が劇場公開され、人生初の映画館でのスター・ウォーズを観て、大変興奮しました。ハズブロのフィギュアを集めはじめたのもこの頃からでした。



ここまでが、私の10歳までの人生です。具体的な要素を残しながら、どうにかコンパクトに収めたつもりですが、やはり長くなってしまいました。

こうやって書きながら振り返ると、今のルーツになったことがたくさんあり、今も変わらず芯として残っていることがたくさんあるなあと感じました。


次回はティーンズ時代をまとめようと思います。お楽しみに!

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